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こんやがやまだ。

日々思ったことや日記などをつらつらと書いていきます

働く場所を選ぶということ。

今朝の滝川市の気温は 0℃。気温だけ見ると寒そうだけど、春の日差しが暖めてくれている。

昨日は雪が降った。雪はもうしばらく残るだろう。ゴールデンウィーク明けには消えてるかな。

 

僕たちが創業したLobo株式会社は、北海道滝川市にある。札幌と旭川のちょうど中間くらい。菜の花畑やジンギスカンが有名。春は山菜採り。夏はピクニック。秋は紅葉狩り。冬はスキー。美瑛や富良野などにも行きやすいから、一年中遊びには困らない場所。

 

かと言って会社を起こすのに向いている土地なのかというと、そうではない。僕らのようなハイリスクハイリターンのスタートアップは東京、それも渋谷が日本での聖地だと呼ばれている。東京で起業するのが当たり前だし、地方でやるとしても真っ先に出てくるのは福岡だと思う。

東京も福岡も、起業家に対しての支援を積極的に行なっているし、先輩起業家たちも多いから起業するには非常に適した環境だからだろう。だからそう言った場所で起業する方が成功確率が高いし、当たり前のことなのだ。

 

ではなぜ僕たちは成功確率の高い渋谷や福岡ではなく、北海道の片田舎である滝川を選んだのか?

なんのことはない。それが僕たちにとって当たり前のことだったし、そうすべきだと思ったからだ。

 

僕たちがやりたいのは働き方の改革。誰もが自由に好きな場所でより快適に働くことができる社会の実現。

だからこそそれを提唱していく僕らが、まず働きたい場所で理想の働き方を実現しなければいけない。少し考えてみれば、当たり前の選択だった。

 

毎日満員電車に揺られて、休日出かけるにしてもどこに行ってもたくさんの人がいるし、自然を感じられるほど出かけるにはずっと電車に乗っていなくちゃいけない。そんな中で、果たして本当に自由な働き方を追求することができるのか?

どう考えたっておかしいと思う。あんな狭い車内にぎゅうぎゅう詰めにされて、ストレスを感じないわけがない。逃げるように一歩足を踏み出して自殺してしまう人は毎日一人以上いるらしい。そして自殺した人がいる、と聞いたところで「電車遅れて大変だな」としか思わない。僕もそうだった。でもやっぱり、人間としておかしくなっていたんじゃないか?

 

 

僕たちはもちろん会社として成功したいし、お金持ちにもなりたい。でもそれ以上に多くの人が今よりもより自由に、理想に限りなく近い環境で働ける社会を創りたい。そして僕たち自身も理想的な労働環境の中で人生を謳歌したいんだ。だからこそ思い入れもある滝川の地でやろうと思ったし、それは東京では実現できないことだと感じた。

 

こういうことを言うとよく「東京よりも地方の方がいいよね〜」なんて言われるが、僕はそうも思っていない。というか東京も好きだし、いずれまた住んでみたいと思っている。ただ今は滝川に住みたいと思ったし、それが最善だというだけ。

 

僕は東京で働く人たちも含めて、全ての人たちの働き方を改革したい。

全ての人たちがより自由に、より快適に働けるように。

「君の願いはちゃんと叶うよ」

 

BUMP OF CHICKENの『魔法の料理〜君から君へ〜』のサビの一節です。

昔からBUMPが好きで、藤原さんの歌声、語りかけるような歌詞、すーっと流れていくメロディーの虜でした。

 

僕は仕事中、基本的にイヤホンしてずっとYouTubeを聴いています。

何を聴いているかというと、スタジオジブリ作品のBGMとかケルト音楽とか。初めは洋楽を聴いていたんですがどうしても歌詞に集中しちゃうので歌詞のないものにしています。

 

していたんですけど。今ブログを書こうといつも通りYouTubeを開いて、その時たまたま上述した『魔法の料理〜君から君へ〜』がおすすめされてたので聴いてみたんです。

そしたらなんと、いつも以上にいろんなアイデアがポンポン出てきました。

 

まだ社員を雇っている訳ではないですが、経営者の端くれとして、働きやすい環境というものは常に考えています。

そんな中で思ったのは、働きやすい音楽って歌詞があるのとないのどちらなんでしょうか?

おそらく集中しやすいのは歌詞がないものだと思うんです(軽く調べてもモーツァルトがいいとか出てくるし)。僕なんかは歌詞があると邦楽だろうと洋楽だろうと歌詞に集中してしまうので。でも歌詞がある歌をなんとなく聴いている時に、不意に「あれ、こんなのいいんじゃないか?」っていうアイデアが浮かぶ時があるんです。歌詞の内容もそうですし、歌っている人の声からも影響があるような気がします。

 

思うに集中するには歌詞のない曲、でもクリエイティブな思考には歌詞のある曲もいいんじゃないかなと。要は使い分け、と言ってしまえばそれまでですけど、社内でBGMとして流すにはどっちがいいか考えておこうかな。

『運命の人だと認識させることでどんなハイスペックな男でもオトせる説』

ロマンチックな出会いって憧れませんか?

 

図書館で同じ本を取ろうとして手と手が触れ合うとか、ふと夜空を見上げた時に不意に呟いた言葉に隣にいた見知らぬ女性が返してくれたとか、たまたま地元に帰った時に昔好きだった人とすれ違うとか、朝起きたら田舎の女子高生と入れ替わってるとか。

 

そんな妄想を大人になるまで、なってからも数え切れないほどしてる。

いや別に僕だけじゃないと思うんです。男性だったら結構みんなしてると思うんですよね。

 

 

男ってロマンチストなんですよ。それも女性からしたら

「何それ…」

ってなるような馬鹿っぽいロマンを真面目に追い求めているんです。

 

友達と飲みに行った時とかよく「どういうシチュエーションが最もロマンチックか?」なんて議題を終電ギリギリまでやったり。

みんな求めてると思うんですよね。

 

だから

『運命の人だと認識させることでどんなハイスペックな男でもオトせる説』

を提唱していきたいと思います。

 

具体的にどうやるか。

ちょっと考えてみました。

 

・曲がり角でわざとぶつかる

・その時あらかじめ用意していた赤い糸を相手につける

・同じ本を取ろうとして手と手を触れ合わせる

・同じ書類を取ろうとして手と手を触れ合わせる

・休日約束とかしてないのにたまたま会う(それも何度も)

・朝同じ時間に出勤or登校する

・わざとハンカチを落とす

・相手の通る道で桜の花を見上げている

・相手の通る道で夜空を見上げている

・公園で子供達とピアニカを弾きながらハトを呼ぶ

・朝起きたら入れ替わっている

 

 

「こんなの当たり前じゃん!もうやっとるわ!」

ってなったらごめんなさい。

 

では。

2016年11月18日 渋谷RakutenCAFEにて

17:26

少しずつ肌寒くなってきた。

地元北海道旭川市ではもう雪が積もっているという話だから、それと比べると南国のような暖かさだと言えるけど。

 

ブログを始めた。

前々からやろーと思っていたけど、なんとなく先延ばしにしていた。

日々思っていることとか、書いていこうと思う。

 

慣れてないけど、少しずつ。